うはw猫の虫www

遺跡発掘と捏造


「神の手」藤村新一による旧石器捏造問題が発覚してから4年以上も経とうとしている。
「それ」が発覚したのは2000年11月5日。
私が遺跡発掘を始める半年くらい前の話だ。
私は当時バイトの募集を見た際にこの記事を思い出したはずだ。
しかし結局深く考えずに応募してしまった。
それは実際、現場の人にはあまり関係なかったのだが…。

実は最初の現場にこの本が置かれていたのだ。
一通り読んでみたはずなのだが…あまり内容が思い出せない。

事件については検索すればいくらでも出てくる。
ここここを見て欲しい。

今少し調べてみたら、恐ろしいほどの議論をしたログが残っていた。
ものすごい専門用語の連発で、何を言っているか全然分からない。
それに非常に熱い。
当時の熱気が伝わってくるようだ。


作業員は地道に働かなければならない。
それは捏造発覚後も変わらない。
発掘の仲間たちは皆良い人で、捏造をするなどありえないだろう。
根拠もある。

例えば府中の現場で、こんな事があった。
そこは住居跡や遺構が沢山あり、遺物、つまり土器片も沢山出てきた。
そんな中私は土器片を間違って土捨て場に捨ててしまう。
「ジョレン」で集めて「ミ」に入れてしまうと、もうその土の中に遺物があるかは外からは見えない。
そして捨ててしまった。
私は元の場所に戻り、そこで初めて「遺物捨てちゃった…」と気づいた。
その現場では重機が動いており、ユンボ(ショベルカー?)が土を集めて、埋めるべき場所に埋めたり、平らにならしたりしている。
そこに土を捨てているわけだ。
もう拾いに行く事は出来ない。

私は仲間に聞いた。
「遺物を捨ててしまったんですけどどうしましょう」
すると仲間はこう答えた。
「捨てちゃったか。まぁ気にすんな。」

詳しく話を聞いてみる。

実は大抵の遺物一つの価値はあまりないそうだ。
全体的な出土状況が物を言うわけだ。
中には貴重な遺物もあるが、それは厳重に管理されており、間違って捨てる事などありえるはずもない。
だから捨ててしまっても拾いに行くほどの事はないそうだ。
それに探しに行ったとしても、土の中から土器片を探すのは細かい塩の中から角砂糖を探すようなものだ。
見つかるはずもない。

「作業員は遺物を間違えて捨てる事はあっても、埋めて発見するなどというめんどくさい事はしない」
という事だ。


現場において捏造してまで名声が欲しい人なんて数人しかいない。
考古学の大学から出た理論ありきの研究者だ。
作業員は私みたいに知識がない人もいる。こんなのは問題外だ。
現場のリーダーは基本的にこの研究者に使われる身であり、雪の中に行けと言われれば行く人たちだ。
彼らは誠実だ。
それに大概はフィールドワークが好きで、研究は二の次だ。
やはりわざわざ埋めたりする人たちではない。


ところで藤村新一は元々サラリーマンだったらしい。
知識も考古学ファンに毛が生えた程度とか。
まぁ私よりははるかに詳しいでしょうが。
そんな人が名声を上げるためにはやはり現場でモノを発見するしかない。
最初は名誉が欲しかったが、次第にプレッシャーがかかってくる。
そして「捏造」を実行に移した。


自分の名誉のために歴史を変えるとは本当に不届き者だ。
この人のせいで現場の人が肩身の狭い思いをしなければならん。
私は仲間達が捏造なんかしない人達だと信じている。
現場で働く作業員たちにエールを送りたい。